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30歳からのブログデビュー

アラサー男があなたに贈る現代版「徒然草」(つれづれぐさ)

テレビなんてもう見なくていいや、という話

1.

SMAPが解散するらしい。

自分は特別ファンというわけではないが、「いいとも」と同様に、やはりひとつの時代の終了を見ているようで、なんとなく感慨深い。

このニュースを人づてに聞いた時「ああ、テレビは終わったかな」と感じた。もちろん自分にとっては、と言う話だが。

テレビは今後も続いていくだろうし、たくさんの新しいドラマ、バラエティ、ニュースが出てきて、その合間に、無数のCMが流れることだろう。
けど、なんかもういいかな、という気がしたのだ。

この、ものすごく主観的な「直感」のせいか、ふと唐突に思いついたのだが「今後、テレビを一切見ないのはどうだろう?」というふうに考えている。

そもそも、テレビは幻想だ。画面の中のジューッと焼けるステーキや、美人やイケメンも、恋愛やスペクタクルもすべて。
そして、最近のテレビは、ドラマやバラエティの内容までもが広告化している。

テレビはものすごくローコストな娯楽なのだが、視聴者の時間を大幅に奪う。 

例えば、1日に2時間テレビを見る。
すると年間で、700時間以上の時間が奪われることになる。 
その時間が、700時間を費やす価値が果たしてあったのかと言われると、正直言って自信がない。そして、700時間あったら何ができたのか、と考えると、明らかにもったいない。

東日本大震災のような惨状が起きれば、テレビをつけるのもよいだろう。しかし、くだらないバラエティー番組や、自分とは無関係の地域で起きた事件、事故、天気、その他のニュース、など、そんなことは知らなくたって全く生きていけるのだ。

多分、自分はテレビをもう一生分は見た。
だからもう、いらないんじゃないかな?

テレビの平板な画面を見つめることで、世間や物事を知ったような気になるのは、限りなく危ない。そのようにしてエセ評論家が生まれ、どうしようもない戯言を吐き散らすようになるのではないか。それには絶対になりたくない。

2.

あえて言い切るなら、テレビによる時間の浪費が、今後の自分の人生にとって「大きなリスクになる」と感じるのだ。

年間700時間の浪費は、あまりにも痛い。

だって、1日の活動時間を10時間とすると、なんと70日分にもなるのだから。

…でも、みんなそうやって時間を搾取されている。ミヒャエルエンデ作『モモ』に出てくる時間泥棒みたいに。

モモ (岩波少年文庫(127))

モモ (岩波少年文庫(127))


問題は、テレビを見ない時間に何をするかが重要で、特に若い人なら、テレビなんて見ている時間はないはずだ。

3.

浮いた700時間を何に使おう?

仕事や読書はするかもしれないが、700時間を丸々当てるわけではない。

実はこの使い道が、今後のものすごく大きな課題になるだろう。