老犬ホスピス〜「いのちのはうす保護家」の話
1.
遅めの朝食(ツナと卵、じゃこと野沢菜入りペペロンチーノ。あとコーヒー)を食べながら、台風情報が知りたくてテレビを付けました。
するとNHKで『目撃!日本列島「“老犬ホスピス” いのちを看取(みと)る」』という番組がやっていました。
詳しい内容はこちら(http://www.nhk.or.jp/docudocu/program/1614/1077230/)を見て頂くとして…
保健所などで殺処分されそうな老犬を引き取っている「いのちのはうす保護家」という団体が宮崎県国富町にあるそうです。
代表の山下由美さんは、安らかな最後を老犬に与えながらなお「助けたワンちゃんは、本当に幸せだったのか?」と問うている。その姿が印象的でした。
他人事とは、思えませんでした。
実は自分も、15歳の老犬の介護と間近に接し、その死に接した経験を、2年前にしているからです。
2.
個人的に想いますが、老犬の介護は生半可な覚悟ではできません。
きれい事ではないくらい大変で、お金も手間もかかる。
自分の中からわき出る、様々な感情と対峙しなければならない。
…「いのちのはうす保護家」のような活動を、偽善だ、無意味だ、と否定する方もおられるでしょう。正直申しまして、そういった方々の気持ちはよく分かるのです。
しかし一方で、自分の中にこんな声が聞こえます。
『誰かが始めなければならない。
他の人が協力的ではないとしても、それはあなたには関係がない。
私の助言はこうだ。
あなたが始めるべきだ。
他の人が協力的であるかどうかなど考えることなく。』
善をなすことは難しい。
なぜなら、その答えを出せるのは、自分ではなく「相手」(自分以外)だからです。
その意味で、本当に人があまりやらないような事をやる人は、孤独です。
場合によっては、周囲の人間、誰もに理解を求めることができないから。
しかしだからこそ、そこで見つけた理解者はかけがいのない存在になります。
3.
老犬(老ペット)の介護問題は、おそらく国会で取り上げてもいいくらいの、大きな社会問題のはずです。
ペットたちの権利を向上させ、少なくとも彼らが恐怖におびえることなく過ごせる社会を。
そのように感じてなりません。