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30歳からのブログデビュー

アラサー男があなたに贈る現代版「徒然草」(つれづれぐさ)

NHK「九州・沖縄ミライ語り! どうする!?米軍基地」の感想

1.

 

昔「真剣10代しゃべり場」という番組がありましたが、その基地問題バージョンのような内容でした。

 

 

なんと言いますか…、沖縄の方々や島の現状は「沖縄、本土、アメリカ」という3つのベクトルに引き裂かれているような印象を受けました。

 

その象徴として「基地」があり、あり続ける限り「未解決」であり「現在進行形」なわけです。(例えば、若い人たちが第2次大戦に対して、あるいは、アメリカ云々などあまり思わないのは、戦争の傷跡・痕跡がどんどん失われているからです。)

 

そして、沖縄の人からすると、問題があまりにも大きすぎて(ある意味で、日本政府でもどうしようもない部分もある)「正直、何にぶつけたらいいか、分からない」というフラストレーションもあるのだと思います。

 

2.

 

この番組を見ていたら、いくつかのデータが示されていました。

 

まず、米軍関連から生み出される所得の割合が、どんどん減ってきているということ。まあ、沖縄の経済規模もここ数十年で右肩上がりなので、一概には言えませんが、事実、米軍基地の恩恵が感じづらくなっているのはあるかもしれません。

 

それから「本土の人は沖縄を理解しているか」みたいなアンケートに対して、80年代は半々だったのに対して、数年前の調査では「理解していない」が約7割くらいになったようです。なぜ、こういう気持ちが広がってしまったのか…という点は、大変は気になります。(大きな要因としては、やはり「問題を放置している」「見て見ぬ振りをしている」という想いが大きいとは思いますが)

 

3.

 

現実的な解決策を考えますと、とりあえず3つくらい考えられます。

(かなりの極論も含みます)

 

①本土、そして沖縄に、基地問題でイニシアチブが取れる政治家が出てくること

②舞台をアメリカに移して、地道なデモ行進やロビー活動を繰り返し、アメリカ国民の支持を取り付けること(こういう活動は、すでにやっているかも)

③沖縄が独立し、アメリカや日本政府と個別交渉すること

 

もちろん、北朝鮮問題がなくなり、中国が領海・領空侵犯などをしなくなれば、米軍の撤退もあり得るかもしれません。しかし「時間が解決する」とか期待していると、実現は、数十年後とかになりそうですね…。

 

4.

 

根本的なところで1つ思うのは「日本は地理的な要因で、これまで超大国の支配を受けてこなかった」ということ。つまるところ、日本は外交に関しては完全に経験不足なわけです。

 

 

遣唐使・遣隋使とかで、中国も日本を属国とは思っていたでしょうが、別に制圧しようとまでは思いませんでした。コストがかかりすぎるし、長い船旅で兵士が半端なく消耗するので、どう考えても不利だったからです。(いわゆる壊血病の問題、台風や高波の問題など、航海は命がけでしたので)

 

第2次大戦でアメリカに占領されましたが「民主主義」とかを掲げ、思っていたよりはソフトで紳士的な支配で、おまけに主権もすぐに日本政府に渡しました。(旧共産圏に支配されなかったのは、たぶん不幸中の幸いでした)

 

つまり、日本は、他国ときちんと外交する必要が歴史上ほとんどなかったと言えるかと思います。それも「民族の存続を賭けた、命がけの外交」を、です。文化交流はもちろんありましたが、外交の根本は、もっとラディカルで、危機的かつ最悪のシナリオも視野に入れたものです。そして、この「なんとなく」での付き合い方こそが、日本人特有の「場の空気」の正体と言えるかと思います。でも、外交では「場の空気」なんて通用しません。しかし例外的に、場の空気に頼らない本物の外交をおこなったのが「明治時代のリーダー達」だったのではないかと思います。(この話はとことんまで長くなるので、また別の機会に書ければ、と思います)

 

今の政治家のほとんど(ひょっとしたら100%?)は、外交の仕方を知らないのです。

そして、米軍を撤退させた後、日本の領土とか安全を守りつつ、なおかつうまくやっていくビジョンを思い描けないし、本気でその実現を模索する人もいないのです。

だから基地問題も解決しないのです。

 

5.

 

いずれにしても、第二次大戦の傷跡・遺物は、米軍基地という形で残っています。

 

そしてその大義名分が「日本を含む極東地域を守る」というものだからタチが悪い。

 

さらに、米軍基地が一応本土にもある点も、沖縄で今ひとつ米軍排斥運動が本格化しない、あるいは県民の意見が割れてしまう1つの理由かもしれません。(「本土だって負担を負ってるよな…」みたいな気持ちもゼロではないはずです)

 

6.

 

ひょっとしたら、世界は「本土が沖縄を見るような感覚」で、日本を見ているような節もあるのではないでしょうか。

 

独自の存在感を放ち、どこか神秘的で、そして無防備で…。

 

「本土 対 沖縄」「世界 対 日本」…両者が不思議な相似形になっているような気がしてなりません。案外、基地問題の解決が、日本再生のカギを握っているのかもしれません。