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30歳からのブログデビュー

アラサー男があなたに贈る現代版「徒然草」(つれづれぐさ)

日本一周スタートまであと3日、という話

1.

 

おはようございます。

 

街道沿いのファミレス、窓際の席でこの文章を書いています。

 

台風の影響が日本各地で出ているようで、関東へは本日午後〜明日にかけて大きな影響を及ぼしそうです。皆さんもご用心下さい。

 

2.

 

さて、旅立ちまで残すところあと3日に。

 

新しいリュックや靴ほか、衣類圧縮袋など、必要なものは大体揃えた。

 

と言っても、飛行機の手荷物持ち込みで収まる量なので、持ち物は限りなく少ないが…。

 

気分的にはけっこう普通。

 

何せ、12月半ばには、1度地元に戻る予定だし…。

 

ただ、旅立ち前に『シンゴジラ』を見ておこうかな、とか、10年ほど通っている整体に行っておこうかな、とかいろいろ考えている。

 

この「旅立ち宣言」のおかげで、数ヶ月〜1年ぶりに会えた友人・知人もいたので、それが嬉しかった。

 

出会い別れに感謝して、これからの人生を生きていけると良いな。

 

3.

 

ところで、来月から予備校に入学しようと思っている。

 

と言っても、動画スクールで、料金は格安。

 

場所や時間の制限もない。

 

まったくスゴい時代になったものだと、改めて実感する。

 

最近はネット高校なども登場しているが、高い学力を持った生徒、あるいは、ある種の特殊技能ですでに仕事をしている10代の若者が、積極的にそれらを選ぶ事もあるという。

 

1日5〜6時間、週5日〜6日という膨大な時間を学校で過ごすというのは、やはり何か変だし、もはや時流に合っていない気がする。

 

なぜなら、学校という場所が「軍隊教育」という近代的なモデルを採用しているため、時間的にも、技能習得の面でも、全く合理的ではないからだ。(専門高校などはちょっと違うかもしれないが)

 

そもそも、トイレに行くのにいちいち許可が必要なのも変だ。

いくら子供相手とは言え、ほとんど人権問題ではないか。

 

そういう、時代遅れの場所からドロップアウトする子供が増えることは、むしろこの国の希望であると感じる。

 

4.

 

話が脱線した。

 

自分が学ぼうと思っている動画スクールは、情報処理などの理数系の分野をやってくれるところだ。

 

なにせ費用が安いので、お試し感覚でトライしたいと思う。

 

それで、来年か再来年か分からないが、そっち方面の大学院にも通ってみようかな、とも思っている。

 

もちろん、自分にとって本当に意味のある環境でないと意味がないので、きちんと調べて、場合によっては学祭(?)や学校見学にも足を運んでみて、急がずに決定したいと思う。

 

 

5.

 

ところで、こんな変な生き方をする自分のことを、周囲の人の一部は「うらやましいね」と言う。

 

もちろん(この人、将来どうするんだろう?)みたいな心配したり(変わってるなー)と思っている人もいるのだろうが…。

 

自分は一度も就職せずに、けれど、なんとか生活することができ、30歳を迎えることができた。

 

たいしたことではないが、それでもやはり、ある種の達成なんだろうな…というふうに思う。

 

(ちょっと補足しておくと、自分は強い決意で就職しないという生き方を実現したわけではない。いくつかの偶然が重なっただけだ。もしも、素敵な会社があり、自分を求めてくれたら、1回ぐらいは就職してもいいかな、とも思っている)

 

しかし、自分の力だけでこの場所にいるわけではない。

 

家族がいて、親戚・知人・友人がいて、支えてくれたから、なんとか生きていられるのだ。実際、かなり感謝の気持ちが湧いている。

 

あとやっぱり、1番大きいのは、大学時代、図書館司書をしていた初老の女性の存在だと思う。

 

 

6.

 

図書館司書をしていた初老の女性は、大学時代、おそらく1番顔を合わせた人だ。

 

ものすごく深い話をしたわけではないが、いつも笑顔で出迎えてくれて、小さな事で様々支えてくれた。(数十ページ分のコピーを無料で取ってくれたり、少々無理な本の注文を通してくれたり…)

 

自分は、この人がいたから、きちんと大学を卒業できたのだと今も信じている。

 

卒業後、彼女に会いに行った。

 

夏だった。

 

彼女は、春先に末期ガンで亡くなっていた。

 

娘さんも大きくなり、ご主人との毎日の晩酌を楽しんでいた、その女性。

 

卒業式の日、僕にワインをくださった、その女性。

 

7.

 

「いいわね。本当に贅沢な時間ね。」

 

図書館で過ごしていたある日、彼女は笑顔で、自分に向かってこう言った。

 

その時の、キラキラ輝く、本当に菩薩のような彼女の顔を自分は忘れない。

 

…そんな彼女の死以来、自分は人生観が大きく変わった。

 

なんだってやれる。

 

どんな生き方だってできる。

 

言い訳を並べる生き方は、亡くなった方に失礼だし、わずか20代、30歳で人生を達観するような、分かったように思っているのは愚かなことだと知った。

 

8.

 

言い訳をやめて、本当に自分の頭で考えようとしたときにはじめて、オリジナルで、ヘンテコな、しかし愛すべき人生への道ができてくる。

 

これだけは言えると思う。

 

他人の評価、世間の常識なんて、ある場合には関係ない。

(もちろん無視はできないし、すべきではないと思うけど)

 

他者が自分を見たときの印象や感想はコントロールできないし、コントロールしようとしたとたんに、疲労、徒労で消耗する人生が始まる。

 

「世間」という実態のないものの要請する「常識」など、実はないのだ。

 

国が違えばもちろんのこと、県をまたいでも、あるいは男女でも「常識」は違う。

 

非合理的な「常識」など信じるべきではない。それがあなたを苦しめるなら。

 

9.

 

ところで、旅の記録は、新しいブログに書くか、あるいは、webサイトを立ち上げて書いていこうかなと思います。

 

私の駄文を読んで下さる皆様が、一緒に旅をしている気分になったり、あるいは「こんな変な奴が世の中にいるのか」と笑って下さったり、あるいは、生き方そのものをシフトするきっかけになったり…。

 

そんな、面白いものを作っていきたいと思います。

 

現在の所、私のお伝えしたいメッセージ(?)はたった1つです。

 

若い方は、学校がイヤなら辞めたっていい。

同世代以上の方も、現在の生き方がキツいなら、全部投げ出したって、楽しく生きられる。

レールから、外れた人生は、広大で自由な平野です。

 

 

 

…さて、自分は、ジブリのアニメ映画『耳をすませば』に出てくる、主人公の少女・雫の父親のセリフが、今も頭の中に残っています。

 

「人と違う生き方は、それなりにしんどいぞ」

 

耳をすませば [DVD]

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…その通りですが、その「しんどさ」を、親や、会社、宗教、国などに丸投げすると、きっと思うようには生きられません。特に、21世紀はそういう時代です。あなたの生き方に責任を持ってくれる人は、あなた以外にはいません。それに早く気づくべきだと思う。いや、きっと多くの方が気づき始めている。

 

「しんどさ」を、誰かに丸投げする人生は、ラクですが、きっと楽しくありません。