30歳からのブログデビュー

アラサー男があなたに贈る現代版「徒然草」(つれづれぐさ)

龍と春樹…2人の村上の話

自分は村上春樹の大ファンだった。

 

小説はもちろん、雑誌に掲載されて単行本化されていない、昔の小論やインタビューなどもほぼ読んでいる。

 

春樹氏の作品は「どれか1冊」を選びにくいが、高校生の時、古本屋で初めて手に取った『TVピープル』はやはり特別。

 

TVピープル (文春文庫)

TVピープル (文春文庫)

 

 

春樹氏の作品には、何か本当に特別な力がある(あるいはあった)

 

世界中にファンがいるということは、そこには人類規模の琴線に触れる「何か」があるということなのだろう。

 

ご本人はそれを「物語の水脈」と読んでいる。

 

 

一方、村上龍については6〜7割くらいの作品を読み、たまにインタビューやTV番組(カンブリア宮殿など)を見る程度。

 

龍氏の作品なら『希望の国エクソダス』と『共生虫』が良かった。やはり高校〜大学の時期にハマった。

 

希望の国のエクソダス (文春文庫)

希望の国のエクソダス (文春文庫)

 

 

共生虫 (講談社文庫)

共生虫 (講談社文庫)

 

 

上の2つは特に「物語」として面白かった。しかし龍氏の作品は、1つのセリフが物語を凌駕して、胸に「グサーっ」と刺さることがある。 

空港にて (文春文庫)

空港にて (文春文庫)

 

 

お前はまだ間に合うから何かを探せ、と兄はぼくに言った。

(中略)

おれはもう何をする力も残っていないんだ。まだ二十歳なのに何かを探そうという気力が尽きた。でもちょっと遅すぎたがまだ気づいただけましだと思うよ。

これでテニスとかスキーの同好会に入ったりして適当に大学を出て、オヤジみたいにデパートとかスーパーとかに就職したりしたらもう本当に終わりだった。

オウムに入った連中がおれはよくわかるんだ。気力がゼロになると何か支えてくれるものが欲しくなる。

 

何だっていいんだよ。

やっとわかったんだけど、本当の支えになるものは自分自身の考え方しかない。

いろんなところに行ったり、いろんな本を読んだり、音楽を聴いたりしないと自分自身の考え方は手に入らない。そういうことをおれは何もやってこなかったし、今から始めようとしてももう遅いんだ。

 

『空港にて』 村上龍

 

 

…表題作のこの部分が、本当にグサッときた。

 

これは主人公の兄のセリフで、この言葉のおかげか、主人公は音声技師になるために留学するというシチュエーションなのだ。

 

90年代〜2000年初頭。

バブル崩壊の世紀末的な絶望感。

地球が滅亡せずに21世紀がやってきてしまった安堵と、倦怠感。

 

30代前後の僕らは、そんな空気の中で生きてきた。

 

そして、当時のその空気の中で読んだこのセリフ。

 

少なくとも、こんなことを言ってくれる大人は周りにはいなかったので、本当に救われた気がしたのだった。

 

あれから、もう10年以上経った。

自分はなんとか、自分なりにサバイブできている。まだ全然油断はできないけど。

 

1つの言葉が、1人の人間を救い、導くことがある。

その事実に自分は今でも感動するし「小説ってすげー」と思う。

 

最も、最近はこういうレベルの小説に出会っていない。

…そもそも小説自体あまり読まなくなったし。

 

自分は、小説とは「薬」のようなものだと思っている。

それは、病めるとき、弱っているときにこそ効くのだと。

 

たぶん、今の自分は(普通に生きていくレベルには)すでに治癒されてしまったのだろう。

ということは、当分の間は「特別な読書体験」は訪れないのかもしれない。

 

たぶん、喜ぶべきことなのだろうが、同時に少々さみしくもある。